東洋亭パーツ館新本店

よがらし日々迷走記

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追想


 浜田裕子さん、通称U子ちゃんと知りあったのは、20代後半だった。

 最初は「大原さん」と呼んでいたので、まだ独身だったのかもしれない。もっとも、江藤さんと結婚してからも、しばらく「大原さん」で通してたけど。

 それが「裕子さん」になったのは、15~16前。秘密結社のキャンプのときだった。正確には、その行き帰り。 とーこちゃんが欠席、江藤さんはキャンプはこないから、往復ともふたりだったのだ。赤羽までは同じ経路なので。いや、違うか。帰りは聖頭目も途中までいっしょだったな。

 そのときは、いきなり荷物を持たされたり(笑)、いろいろびっくりすることもあったんだけど、そこで話しているうちに、とても合理的な人だとわかって、そのあたりから「裕子さん」、数年後には「U子ちゃん」になったのだ。

 1995年のWin95発売から、2001年くらいまでは、なぜかPCやネット関係のプライヴェート・サポセンもやってた。このへんも、「近くの人間は使っちゃえ」という、合理的な発想だったんだろう。

 このころから、わが家でやる宴会「東洋亭」にもくるようになって、前回、9月のときも泊まっていった。

 とーこちゃんとも仲がよく、ふたりとも仕事をやめた2007年くらいからは、よくいっしょに遊びに行っていた。マダムの会とかいって。

 つまり、SFファンのなかでも、かなり近いところにいた人だったんだよね。

 それが、なんの前触れもなく倒れて、そのまま亡くなり、日曜日には骨になってたわけです。もう文字どおり、青天の霹靂。

 もちろん、病気のことも知ってたから、「生き急いでたのかな」なんてことも思ったりしたけど、そうやって、いろいろ考えるうち、ひとつ気づいたことがある。

 U子ちゃん。すごく幸せな人生だったんじゃないだろか。

 子供のころは知らないけれど、秘密結社に出入りするようになってからは、いつも前向きで、人生を楽しんでいた感じがする。とくに、江藤さんと結婚してからは。

 思えば、いつもふた言めには「江藤さん」だったもんね。

 本名その他ではなく、なぜか「江藤さん」。まあ、私も「よがちゃん」としか呼ばれないんで、同じですが。

 その江藤さんと楽しい思い出をいっぱいつくって、(おそらく) 最期は苦しむこともなく逝ったのだから、きっと幸せな人生だったんだと思う。

 そう思うことにしたら、こっちもすこしほっとした。

 合掌。

【追記】
とーこちゃんにミスを指摘されて(^^; 一部手直ししました。わしの記憶力なんてその程度

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