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『時をかける少女』
仲里依紗をはじめて見たのは、『ウルトラマンメビウス』#40であった。
そのときのエントリーはこちら。コメント欄を見てもらうとわかるが、すでに「第二の知世ちゃんになるかも」と、書いてある。
それから3年2カ月。里依紗姫は第二の知世ちゃんになり、それをこえた。
というわけで、見てきたのです。里依紗版『時をかける少女』。
不覚にも、途中で3回、涙があふれてしまった。これは無条件にいい作品ですよ。
原作を巧妙に使った脚本、ものすごくなつかしい、70年代の空気、知世版にリスペクトしつつ、そこから新世代の時かけを映像化した演出、里依紗姫と相手役・中尾明慶のリリカルな演技(草々のあやしい演技も)。
そういうものが集まって、みごとな原作の続編(リメイクではなかった)にしあがっていたのですね。
もちろん、知世版には最大限の敬意をはらっていて、そのエッセンスもとりこんでいるのは、ふんだんにオマージュがちりばめられていることからもわかるとおり。
でも、オープニングロールがユーミンの「時かけ」主題歌 (歌はいきものがかり)、エンディングがオリジナルの「ノスタルジア」になっているように、知世版からはじまって、まったくべつの作品にしあがっているのです。
前回、予告を見てストレートな続編かもしれないと書いたのは間違い。だいたい、舞台が尾道じゃないし。
したがって、芳山和子が安田成美さんなのは、これは必然なのですよ。 同じく、前回は知世ちゃんじゃない理由を邪推しましたが、あれも間違いでした。
ただね、涙したというのは、こういう過去の作品とくらべての話ではないのです。この作品自身が持つ、70年代の空気感と、そのなかで展開する、主人公ふたりのピュアな恋というか、心の機微というのが、すごいのですよ。
要するに、おもな舞台である74年の時代とか自分の暮らしとか、そういうところまでひっくるめて感情移入するようにできてるのね、設定が。
まあ、私の場合、74年というのは前に書いたとおり、決定的なターニングポイントになった年なんで、思い入れもひとしおなんですが。
若いもんがこれを見ても、ぴんとこないと思うんだけど、70年代に10代前半から20代前半くらいだった人間には、そのまんま当時の記憶がよみがえって、 その作品世界に没入できるようになってるわけです。
ということで、これはその年代のおやじたちにこそ、見てほしい作品だと思いますよ。とくに、文系のサークルなんかをやってた人たち。SF研や映研だけじゃなく、漫研、演劇研、落研、そのへんの人ね。
そうすれば、きっとリアルで、なつかしくて、ピュアすぎて、もう抵抗不能になって、涙があふれてくるから。いやほんと。自分たちまでピュアだったって、勘違いするくらいに(笑)。
だから、パーツ館的キャッチコピーとしては、 「おやじさん、こいつは安心して泣ける青春映画ですぜ!」ってところでしょうか。(´・ω・`)
とくに、『3丁目の夕日』で「どうもちょっと空気感が違う」と、思った諸兄にはおすすめでしょう。この作品の70年代は、やや美化してるものの、ほんものであります。
ちなみに、わしは拓郎の『春だったね』が聞こえてきた瞬間に、あっさり抵抗不能になりました。
3年前、メビウス#40で里依紗姫に目をとめたのは、たぶんこの作品にたどりつくためだったんだろうな。そういう運命すら感じましたです。はい。
最後に、里依紗姫の才能については、過去に何度か書いていると思うので、あえて省略。天才の演技はごちゃごちゃいわずに、ただ愛でればいいと思ってるし。
ただ、最後の日、高校の制服に着替えたシーン。あそこは震えたね。その姿にみなぎる決意が、今回の「時をかける少女」像を一発であらわしていたから。
まあ、演出だっていっちゃえばそれまでだけど、それにみごとに応えるんだから。
つづきはこちら。