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よがらし日々迷走記

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『紙葉の家』書評


 ついで。話題に出た『紙葉の家』の話もすこし。

 以下はろーだん・シリーズ290巻『サイコ・ヴァンパイア』のあとがきを、ブログ用に修正したものです。

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 今年になって、わたしのまわりである本がささやかなブームになっている。『紙葉の家』(マーク・Z・ダニエレブスキー著 嶋田洋一訳 ソニーマガジンズ)という小説だ。3月にはいって、あちこちの書評でとりあげられているから、読まれた方も多いだろう。

 ストーリーは……ここからして説明しきれないほど複雑怪奇。

i.まず、実在したフォト・ジャーナリスト(実際は南アフリカ人だが、アメリカ人に設定しなおしている)がホームビデオで撮影した、幽霊屋敷との"戦い"を描いた「ネイヴィッドソン記録」という一連の映像があり、

ii.盲目の老人がそれに衒学的注釈をつけていった膨大なメモが、異様な状況で発見され、

iii.発見者の青年がさらにおびただしい脚注を追加し、ついでに自分の日記まで織りこんだ"作品"のタイトルが「紙葉の家」で、

iv.出版社がまたまた編注やら資料をくわえて発行したという、四重の重層構造になっていて、i~iiiそれぞれで物語が展開されるのだ。

 もとになる"記録"が幽霊屋敷譚だし、老人のメモが発見された状況や、青年をとりまく環境も猟奇的になっていくから、ジャンルとしてはホラーになるようだが、全編に著者の"遊び"があふれかえっていて、にやにや笑いながら読みすすめるうち(とくに『ブレアウィッチ・プロジェクト』を彷彿させる部分などは絶品!)、じつはその根底に、アメリカの"家庭"……家族・親子・肉親の絆や家庭崩壊といった、シリアスなテーマがあることに気づかされ、そこで真の恐怖……というより、もっと漠然とした"不安"につきあたり、最後は(読者によって印象が違うかもしれないが)そうした不安を内在するがゆえのカタルシスも得られるという、とてつもなくトリッキーな作品なのである。

 その印象をさらに深めるアイテムとして、ベスターの『虎よ、虎よ!』をもっとぐちゃぐちゃにしたようなページ構成、英語だけでなく、独仏スペイン語からヘブライ語、ギリシア語、ヒンディー語、はては点字までがちりばめられた本文(余談だが、ヒンディー語については、わたしの妻が翻訳に協力したそうだ)、"付属"する写真やコミックなど、ギミックもたっぷり。もちろん、ぜんぶフィクションなのだが、実在する人物のコメントもふんだんに出てくるので、ついだまされてしまうことがたびたびあり、これがまたおもしろかったりする。

 こういう本だから、SF仲間がほうっておくはずがない。さっそく、1月中旬に評論家の小谷真理さんが朝日新聞夕刊の書評でとりあげたのをかわきりに、その数日後には永瀬唯さんが、「読破したぞ。すごい傑作だぞ!」と、興奮して電話をかけてきて、あやうく最後の展開をばらされそうになり、やがて「○○さんはまだ読み終わっていないらしい」とか「○○さんは不要な脚注もぜんぶ読んだらしい」というような噂が飛びかいはじめ……と、一篇の小説でこれくらい盛りあがったのは、近ごろではめずらしいほどだった。

 わたしはといえば、正月に読みはじめてすぐハマってしまい、読了するのがもったいないので、じっくりゆっくり、1カ月かけて楽しんだ。これだけのめりこみ、耽溺できる作品に出会ったのは……クライヴ・バーカーの『血の本』シリーズ以来だから、15年ぶりくらいだろうか。とにかく、文句なしの大傑作だ。といっても、バーカーやクーンツといったタイプのホラーとはまったく違う。著者はホラー小説・映像の作法もギミックのひとつととらえ、それで"遊んで"いるのである。

 装丁からして凝りに凝っているし、ぜんぶで800ページ近くの大著だから、最初はとっつきにくいかもしれないが、時間があれば……時間がなくても、ぜひご一読を。
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