翌17日は観光。というか、記憶をたどってみることにした。先に書いたように、うちの夫婦は21年前、日本SF大会のスタッフとして、ここにきているのだ。にもかかわらず、記憶がほぼ完全にない。うちだけじゃなく、義妹のゆきちゃんもないという。どうなってるんだろう?
ちなみに、証拠物件はいくつかある。大会の公式プログラム(写真は
こちら)をはじめ、プログレスレポートや当日配布のマニュアルはいまも手元にある。
ちなみに、マニュアルはこれ。

うへ。そーいや、こんなのつくったよな〜。プログラムは当時早川にいたH井さん、チェリオ、私のプロ組3人が編集、プログレはN條くん、TとA司が編集、このマニュアルは私と義兄が編集したらしい。
かろうじて、このGataCom のロゴは、自分で手書き版下をつくったのを思いだしたけど、それまで。そっかー、カルトなPC誌『eye com』(現『週刊アスキー』)創刊の5年前に、同じようなタイトルをつくってたんだ >私。(^^ゞ
閑話休題。このまったく記憶にない状態で、当時利用した施設などをめぐってみよう、というのが、今回のメイン企画なのであった。
まず、大会のメイン会場となった、弥彦総合文化会館。
う〜ん。(-~-;) おぼえてるような、おぼえてないような。
あたしゃ、この入口をはいってすぐ左のところで過労で倒れて、史上初の「当日、救急車で病院送りになったSF大会スタッフ」になった(^^;;; はずだが……
だめだ。おぼえてない。orz とーこちゃんはなかにはいってみたが、やっぱり記憶が蘇らないそうだ。どうなってるんだ? 記憶を食う鹿でもいるのか? >弥彦。
次。弥彦神社に行ってみる。
人がなるべくいないところを撮ったんだけど、ひとりだけ、はい
ってしまった。ちなみに、とーこちゃんじゃありません。為念 私は神社境内ははじめてだから、記憶はもちろんない。とーこちゃんはプレコンのとき、めるへんめーかーさんといっしょにきたはずとのこと。でも、やっぱり記憶はもどらないそうだ。(^^;
次、ロープウェーで弥彦山にのぼってみる。やはり記憶なし。
弥彦神社の境内を出て、門前の通りを歩く。ここに、メイン宿舎兼夜の企画会場になった旅館、
みのやさんがある。さすがにここはおぼえているだろうと思ったら……見た記憶があるような、ないような。つか、神社にこれほど近かったのか、とか、そーいうところを感心するばっかりで、正直、はじめて見たような気がする。(TnT)
結局、弥彦で見おぼえがあったのは、赤い色で統一された、橋の欄干だけだった。_| ̄|○
21年前、ほんとに弥彦でSF大会をやったのかな? いや。やったのはたしかだけど、記憶はどこにいったんだろう?(^^;
おまけ。当日マニュアルの表4に、天野嘉孝さんの天プロから広告をもらったらしい。
そーいや、天プロにとりにいった記憶はあるな。やっぱり、SF大会があったのはたしかだ。いや、記憶はこーいう冊子の制作関係にかぎられているような。
結局、ふたりとも、記憶がもどらないまま、弥彦をあとにしたのだった。
小橋のインタビューとウイニングランを見たあと、払いもどしをすませて、競輪場を出た。
ところで、どうでもいけど、インタビュアーのあのキングギドラ、ほんとにへただね〜。とーこちゃんが優勝インタビューを聞いて、あまりの間の悪さに、吹きだしてたよ。それでも、ダービーの吉岡のインタビュー(例の涙なみだのやつね)ほどひどくはなかったんだけど。
やつですよ。やつ。矢口昌代さんにかわって、埼玉2場の中継アシスタントを半年だけやり、そのあいだに雰囲気をぜんぶぶっ壊していったのは。それで、キングギドラと呼ぶようになったんだけど。埼玉からいなくなって、せいせいしてたら、グレード戦のインタビュアーに転身してた。能力がないのに、不思議でしょうがない。
ま、いいや。ヽ( ´-`)ノ 宿の話。
競輪場のひとつしかないゲートを出て、30m直進。左折して坂道を100mちょっと。それでついちゃうのだ。
「森のいずみ」という旅館。これは便利。まるで弥彦旅打ち御用達みたいな宿だ。
実際、うちもここを選んだし、ほかに確認できただけで、男4人の旅打ちグループが2組は泊まっていた。いわば後泊でこれだから、土曜日はもっとたくさんいたんだろう。
設備も、基本が5人部屋で、そこにひとりから泊まれるから、4人くらいからのグループでの旅打ちには絶好。露天風呂、サウナなんかもあるし、料理はふつうの「旅館食」ながら、事前に打ちあわせておけば、いろいろ融通がきくそうだ。
ちょうど「旅打ちオフ会」みたいなの(^^)にぴったりなので、幹事になったつもりで、いろいろ聞いてみたけど、ほんとに過不足ない感じ。たとえば、「審判部長」さんのグループなんかだと、最高だと思いますよ。って、ここ読んでるかどうか、わかんないけど。(^^ゞ
競輪の旅打ちにも絶好だけど、SFのローカルコンベンションにもぴったりの規模。サイトでは定員120名となっているけど、いまは旧館をなくして、100名がフルハウス。ふだんは50〜60名で満室あつかいだって。だから、たとえば過去2回のガタコンの参加者だと、ほぼぴったりのサイズといえる。それに、仮に70名くらいの参加者だと、5室くらいは夫婦や家族連れの専用室にできるはず。これについては、別料金をとればいいし。
しかも、大広間というか、多目的ホールが2カ所あるのが強み。一方を食事用、もう一方を徹夜宴会用、みたいに使えるわけ。
ひとつ、問題があるとすれば、往復の交通の便が、あまりよくない点だけど、これはたとえば、東京からバスをチャーターした場合(定員40人くらいとして)新幹線利用とそれほど変わらない料金でいけると思う。
とにかく、かつてはここでSF大会もやったわけで、交通の便はそれほど問題にならないと思うし。
だれか実行委員長やりません? >秘密結社関係者のみなさま(^^)
閑話休題。そういうわけで、ごくふつうの旅館なんだけど、特定目的で使うには最適という施設ですた。
行くのを決めたのは、今月の6日ごろ。例年、結婚記念日はささやかな旅行にいくか、都会で遊ぶか、どちらかなのだが、今年はぜんぜん予定を決めてなかったため、じゃあ弥彦でも行こうかって話になった。
うちの夫婦にとり、弥彦というのは、ぢつはかなり因縁めいた場所である。21年前、ここで秘密結社系のグループいくつかが、日本SF大会「ガタコンspecial夏祭り」というのを主催して、ふたりともそのメインスタッフだったのだ。
なので、とーこちゃんは2度、わたしは1度、弥彦に行っているのだが、現地の記憶がほとんど完璧にない。このくらい、記憶がとんじゃってるのもめずらしいっていうくらい、記憶がないのである。
それで、4〜5年前から、「そのうち一度、記憶をとりもどすため、また行ってみよう」という話になっていて、それが急遽実現したというしだい。
そしたら、なんと結婚記念日当日、競輪場で弥彦記念ふるさとカップの決勝があるではないの!(かなりしらじらしいけど) なので、とーこちゃんも一度は競輪場を体験してみない? っていう話になったのであった。
さて、朝8時すぎに家を出て、上越新幹線の燕三条についたのが11時。3時間でつくっていうのは、意外と早い。ま、うちの場合、新潟方面に早く行けるように、久喜に住むことにしたわけだけど。それでも早い。
ところが、燕三条から出るはずの、弥彦競輪場直行の無料バス乗り場が見あたらない。乗り場の表示はまったくなし。物産館やみどりの窓口、さらには、市内循環バス乗り場で待つ客にも聞いてみたが、そういうバスは知らないという。
この直行バス、記念やふるさとダービーのときしか運行しないらしいが、だからといって、乗り場の表示ひとつ用意していないっていうのは、明らかに施工者のミス。こーいう細かいところの積み重ねで、客を逃がしてるんだということが、わからないんだろうか? いま個人的にいちばん注目してる弥彦だから、たんなるケアレスミスだと思うけど。
とにかく、紙きれ1枚の表示でいいから、ほしかった。
仲の悪いといわれる燕市側、三条市側それぞれの出口を行ったりきたりすること20分。ようやく、バスターミナルのないほうの燕市側のタクシー乗り場に、バスがとまった。あやしいと思って、土砂降りの雨のなか近づくと、ごくごくちいさく「無料送迎バス」と書いてある。
これでは、あらかじめ時間をきっちり把握してくる客以外、だれも気がつかないし、乗らないよ。実際、乗ったのはうちのふたりのほか、たったふたりだった。施工者しっかりしろ〜。
(つづく)
19時半に弥彦から帰ってきますた。小橋? もちろんとりましたともさ。またしても、岸和田BBのスタッフらしき人を発見。
発見といえば、今回とまった旅館は、ほとんど弥彦旅打ちのためにあるような、絶好のロケーションだった。それだけじゃなく、ガタコンにも絶好。名前はヤヒコンかな? ま、どっちでもいいんですが。
くわしくはあした以降に。
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